こんな方へ

「聞く・話す」でコミュニケーションをとるのなら、音声は言語の土台です。
世の中、これほど英語教育に力を注いできたにもかかわらず、正しい音を身につけている日本人はあまりにも少なすぎます。

ある日本人俳優が出演した映画作品について、海外でインタビューを受けているところを見たことがあります。将来の海外進出に備えて、ずっと以前から英語の勉強を続けていたそうです。もちろん、傍らには通訳の人もいましたが、インタヴュアーが一つ目の質問をしたとき、その俳優は身を乗り出してその言葉を聞き取り、通訳を介さずに堂々と自分で答えたのです。間違いのない第四文型、熟語、単語といい、完璧でした。でも、インタヴュアーは“What?”とぞんざいに言っただけですぐに通訳の方を向いてしまいました。そのあとインタビューが終わるまで、その俳優が英語を話すことは一度もありませんでした。軽いショックと恥ずかしさがその表情に見て取れました。それを見ていた私も彼の心情は痛いほどに理解できましたし、悔しくもありました。真面目に勉強したであろうに報われず、木っ端微塵です。

そうです!日本にいる外国人は日本人が話す音に慣れていて、また、わかろうと努力してくれますが、一歩日本の外に出れば、そうはいきません。標準的な音が出せない限り、通じないのは当たり前で、彼らにとっては奇異な音でしかありません。

ネイティブスピーカーに習っているからと安心している方へ

発音はネイティブスピーカーに習ってさえいればきっとなんとかなる!?

でも……、ネイティブに習っても発音はネイティブとそっくり同じようにはなっていないなあ……と思っていませんか?

第二言語習得において、特に発音の面においては、早く学習を始めたほうが有利だといえるかもしれませんが、残念ながら日本のように日常的に英語が話されていない環境で学ぶのであれば、ネイティブ並みの「耳」はなかなか作られません。聞いただけでまったく同じように発音できるようになるのは、かなり難しいことです。強力な橋渡し、介助が必要不可欠になってきます。

ところが、母国語として自然に身につけた外国人教師は、日本人の耳がとらえる音を客観的に分析し、英語の音へと移行させるために、日本語の話者として身についた音の特性を感覚的なところまで克服させる指導をすることはとても難しいのです。

日本語を流暢に使いこなすことができ、一から音を作り変えていく経験を積んでいなければ日本人の発音を“矯正”するのは至難の業でしょう。

そのうち日本人の話す独特な発音に教える側の方が慣れてしまって、「まあ、いいか」と甘くなってしまいます。これでは到底、海外で誰にでも通じる基準には達しません。 では、日本人ならいいのかというと、残念ながら発音を教えることができる日本人教師は全体の3パーセント程度しかいないのだそうです。これが現実として、日本人の発音が昔から相変わらず良くなっていない理由です。

学習は一生続きます。新聞、ニュースや映画から様々な言い回しを蓄えていく作業に終わりはありません。でも、真っ先にすべきなのは音声を身につけることです。

順番を入れ替えましょう。
伝わらない音のまま学習を積み上げて、知識はあるのに“奇異な発音の人”という悲しい結末になるのは終わりにしましょう。

正しい音を知って、楽に聞き取れて、シンプルな英語であってもリスペクトされる人(違和感なしに耳を傾けてもらえる)になりましょう。

ネイティブスピーカーの話す声の質が、自分のとは何かが違うと気づいている方

通じる発音さえ手に入ればいいですか?それはもったいないことです。

東洋人にありがちな高くて細めの声が、ネイティブスピーカーのように深みや厚みのある声になれば、響き方が異なってなんだかそれっぽいですよね。でも、これにはそれだけではない隠れた本物のメリットがあるのです。実は理由があってこうなったのだと私は思います。

子音や母音の音を際立たせることができるし、長い文章もまとめて速く言えるし、何より楽です。上級者を目指すのなら、これができる方が後々楽でしょう。声をただ低くすればいいというのとはまったく違います。それは苦しくて疲れるだけなのです。

発音以前の発声のしかた自体を変え、英語の声づくりを行うことでたくさんの副産物が手に入ります。

もちろん声の高低や雰囲気などには個人の好みやその方の持って生まれたものもあります。このHPに私のデモンストレーションの音声を3パターン載せています。それぞれ少しずつ変えていますが、基本的なやり方は同じです。あるルールに則ってやれば、同じメリットを手に入れることができます。

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